コラム一覧

≪栗里光≫『ときめきはどこに行ってしまったのか?』

改めまして、恋愛コラムニスト初心者の栗里光です。

 

前回のコラムは読んでいただけましたでしょうか?

 

初めましてのご挨拶をかねて、ということだったので少しかしこまってみたのですが、プロフィールに“目的はワタシの人生を送ること”と書いたからには、もっと私らしく書いていこうと思うのでよろしければお付き合いください。

 

『ときめきはどこに行ってしまったのか?』

 

恋の定義は人によって様々だろうが、私の中にもそれはある。

古い言葉に、“会いたいが情、見たいが病”《恋をする気持ちが強くなると、会いたい、一目見たいという気持ちが常に起こりその激しい感情は非常に抑えがたいということ。》というものがあるが、なるほど、と言わざるをえない。

 

恋する気持ちは昔も今も変わらないのだ。

 

しかしながら、年齢を重ねるごとにときめきが減ってきている気がするのは気のせいではないだろう。私の女友達たちは口をそろえてこうゆうのだ。「ときめきたい」と。

私も含めて、そんな人はきっと多いのではないだろうか。

けれど、せっかく恋をしてもときめきがなければ恋を持続させることは出来ないのだ。

理想は、恋がいつか愛に変化を遂げることだろうが現実はそんなにうまくはいかない。

もしくは同時に存在することもありえる?夫婦になっても恋はできる?

愛であっても恋であっても、いつか家族になろうとも同時に同じ気持ちでいれば諍いは起きないのだ。同じ瞬間にときめいて、同じ瞬間に相手に慈しみの気持ちを持ち、いずれ男女の垣根を越えて友人となる。

なんて素敵なのだろう。

まるでハリウッド映画のように美しい人生である。

でもハリウッド映画はフィクションなのだ。

現実は、仕事や家族や友人、趣味etc.それが2人分。それらにも心を割きながら同じ気持ちでいなくてはならない。
そして、大人になるにつれてその難しさがわかっていく。

だから、心に秘める熱情をぶつけるに躊躇するのだ。

でも、私たちの心にいる少女たちがほんの少しそれを求めている。
もしそれを、受け止めてくれる誰かがいたらときめきはもう一度繁殖するだろう。

 

If you would be loved, love and be lovable.
愛されたいなら、愛し、愛らしくあれ    
    ベンジャミン・フランクリン

 

たくさんの功績を残し、アメリカ建国の立役者となった強い男の言葉である。

・・・・・愛らしくなら少しは熱情をぶつけてもいいのだろうか。

少女の心をもった私達は、昔のように自分勝手な熱情をぶつけるほどはもう子供じゃない。見返りを求めない程度に、愛らしく気持ちをぶつけることが出来るくらいには大人になっているはずだ。

そうして、愛が育つまでときめきを散りばめていくことなら可能だろう。

少女はいつだって愛されたいのだ。夫婦になっても、家族になっても。

ただし、熱情の用量には要注意である。

私たちの中にいる少女は、自分に与えられている愛情が足りないと感じると癇癪をおこしてしまう。だから、そう感じない程度に熱情をほんの少しだけ、自分が楽しめる程度に、というのが重要だ。

「見返りを求めず愛すること」というのは、諍いを起こさないための言葉なのだ。

やはり、先人の言葉は馬鹿にできない。

出来ればもっと早く知りたかったが、若すぎる熱情の前では先人の言葉もやっぱり意味はないのだろう。

 

 

◆◆◆◆◆執筆者プロフィール◆◆◆◆◆◆
栗 里 光 ( くり こう )


「たくさんの仕事をした、たくさんの人と出会った。
何もしなかったこともあるし、度を過ぎたこともある。」

生きること=考える。

「目的は普通の人生を送ることから、ワタシの人生を送ることへ。
ハイヒールのかかとを鳴らして、生きていく。晴れの日も雨の日も、きっと。」

デザイナーの傍ら、執筆家を目指して活動中。

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※執筆者へのご依頼、ご要望、ご感想等は下記メールまで。info@recocoro.jp また、コラム執筆をご希望の方からのご連絡もお待ちしております。

2017年02月17日

≪栗里光≫『恋人がいるのは幸せなこと?1人でいるのは不幸なこと?』

突然ですが。。。

 

皆さん、恋をしていますか?

そして、恋に傷ついていませんか?

 

私はこれまでにたくさんの恋をしてきました。

 

その中でも、もっとも愛した彼との恋が終わりを迎えそうな時にある言葉と出会いました。

 

 

“It’s better to be unhappy alone than unhappy with someone.”
他人と不幸になるより、一人で不幸になる方がいい。       

マリリン・モンロー

 

恋多き女として浮名を流した彼女ならではのセリフです。

一見してネガティブに聞こえるこの言葉に、彼との結婚を夢見て不幸な恋にしがみいていた私の心は揺さぶられました。

 

恋愛において幸せな時間というのは時に「彼がいなくなること=不幸」という図式をつくります。

 

そして、幸せな時間は長ければ長いほど深い眠りに人を落とし込むのです。

 

眠りについた私は、自分さえ頑張ればいつかきっと優しかった彼に戻ってくれるのではないかと夢見ていました。

 

その夢の中に落ちてきた彼女の言葉は私を深い眠りから目覚めさせ、過去を追いかけ続けることはとても不毛で、もう幸せだった頃の二人には戻れないという現実と、一人になる怖さを見て見ぬふりをする自分のかっこ悪さに気づかせてくれました。

 

私に示された道は二つです。

 

かっこ悪くても、この結婚にすがりつくのか

かっこ良く、この恋から立ち去るのか。

 

私は、立ち去ることを決意しました。

 

現実はかっこ良くとはいかなかったけれど、最後まで全力で恋してくれた自分のおかげで恋をすることに臆病にならずにすみました。

 

誰かを好きになることはやっぱり素晴らしいし、素敵なことです。

それをあの時の私が教えてくれました。

 

そして、万が一夢の中で眠りこけて迷子になってしまいそうになったら彼女の言葉を思い出せばいい。そう思うことで、また恋に踏み出せるのです。 

 

そうして恋を繰り返しながらも「好き」という気持ちをそのつど大事にしてきたら、終わってしまった恋たちも、今は私の味方となって、転んでも立ち上がる事のできる強さになりました。

 

今の私は、一人でいても幸せ二人でいたらもっと幸せを目指しているところです。

 

今度の恋こそ、私は幸せになれるのだろうか。今度の恋は、私を笑顔にしてくれるのだろうか。

 

その答えが見つかることを祈りつつ、恋愛コラムニストとして歩きはじめました。

それも、あの時の偉大なる失恋のおかげです。

 

それでは皆さんに改めて質問です。


「全力で、恋していますか?」

 

 

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栗 里 光 ( くり こう )


「たくさんの仕事をした、たくさんの人と出会った。
何もしなかったこともあるし、度を過ぎたこともある。」

生きること=考える。

「目的は普通の人生を送ることから、ワタシの人生を送ることへ。
ハイヒールのかかとを鳴らして、生きていく。
晴れの日も雨の日も、きっと。」

デザイナーの傍ら、執筆家を目指して活動中。

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2017年02月12日