増加する高齢者うつ、薬効かない場合は…双極性障害の可能性も

AERA.dot中寺暁子2019.5.15 08:00

https://dot.asahi.com/wa/2019051400026.html?page=1


 高齢者の10~15%程度は発症しているといわれるうつ病。ほかの年代のうつ病よりも自殺のリスクが高い傾向があるが、治療の基本となる薬物療法が効かない場合も少なくない。そうした場合に有効な治療法があるという。

 高齢化に伴って増加している高齢者のうつ病。ほかの年代のうつ病と区別して「老年期うつ病」と呼ばれることもある。特有の誘因や症状があり、それに伴って治療のアプローチが異なるためだ。

 高齢者がうつ病を発症するきっかけとなりやすいのが、「喪失体験」だ。親やきょうだい、配偶者、同世代の友人との死別や身体機能の低下などの喪失体験を次々と経験しやすい。若いころは喪失体験によって気分が落ち込んでも、時間の経過とともに回復しやすいが、加齢による脳の変化により、回復しにくくなることがある。また、高齢者世帯の増加などにより、高齢者が孤立しやすいという現状もある。

「軽症で心理・社会的要因が影響している場合、心理的アプローチや環境の調整だけでよくなることもあります」

 そう話すのは順天堂大学順天堂越谷病院メンタルクリニック教授の馬場元(はじめ)医師だ。例えば、高齢者のうつは、ありえないことを思い込む傾向があり、ささいな不調を家族に訴えることが多い。家族は「年のせい」と、まともに聞かず、本人は孤立感を深めやすい。初診の段階で医師が患者の訴えをじっくりと聞き、理解を示すと同時に、診察に同席した家族にも理解してもらえると、それだけで表情が明るくなるという。

「高齢者のうつ病は、家族の理解や対応が治療効果を左右します。本人に家の中での役割を与える、感謝を言葉にして伝える、離れて暮らしていたり、同居していても日中は不在にしたりする場合は、電話をするなど孤立させないことが大切。こうしたことを理解していただくためにも、ご家族には診察に付き添っていただきたいです」(馬場医師)

 うつ病の治療の柱は薬物療法だが、高齢者はほかの年代に比べて副作用のリスクが高い。肝臓や腎臓の機能が落ちているほか、別の病気を合併していたり、すでに服用している薬があったりするためだ。そこで軽症の場合は薬物療法に先行して、前述した心理的アプローチや認知行動療法などの精神療法を実施することがある。認知行動療法は、ものごとの捉え方や考え方の偏りに気づき、それを修正する治療だ。

 一方、中等度以上の場合は、薬物療法をおこなう。ほかの年代のうつ病と同様、初めに選択されるのは、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)などの抗うつ薬だ。副作用のリスクを抑えるために少量から始める。効果が出なければ量を増やしたり、複数の抗うつ薬を組み合わせたりして、それでも効果が出ない場合は抗精神病薬などを使用することもある。

 慶応義塾大学病院精神・神経科学教室教授の三村將医師はこう話す。

「高齢者のうつ病は、妄想を伴う傾向があり、自分は重い病気だと思い込んだり、悪いことはすべて自分のせいだと自分を責めたりします。こうした妄想は薬が効きにくいのです。効果が出ないからといって、多剤大量の薬を使用するのは、副作用のリスクが高くなるだけなので、避けるべきです」

 薬物療法が効かない高齢者のうつ病に効果的なのが、「通電療法」だ。「電気けいれん療法」とも呼ばれ、古くから実施されてきた治療法で、こめかみのあたりに電極を置き、脳に通電する。しかし以前は、けいれんによる咬舌や骨折のリスクがあった。このため近年は「修正型電気けいれん療法」といって、全身麻酔と筋弛緩薬を用いて、けいれんや身体的苦痛が起きないようにより安全におこなわれている。

 1回の通電時間は数秒間。麻酔薬と筋弛緩薬を静脈注射し、眠った状態で通電する。1~2カ月程度入院して週に2~3回、1クール10~12回をおこなう。治療後に一時的に物忘れが起きることがあるが、問題となる副作用は少なく、薬物療法よりむしろリスクは少ないともいえる。

「即効性があるので自殺のリスクが高い場合にも有効で、1回の治療で見違えるくらいに元気になる人もいます。当院では年間500回程度実施しています」(三村医師)

 退院後は、再び薬物療法に戻る。薬物療法の効果がなかった人でも、通電療法の治療後は効果が出てくることもある。一方、治療前と同様に薬物の効果が出ない人も少なくない。そこで「維持電気けいれん療法」といって、月に一度、1~2泊入院して、通電療法を1~2回実施し、継続的に通電療法をおこなっていく方法もある。

 通電療法は全身麻酔が必要になるため、麻酔科医がいない、もしくは入院設備のない施設では、実施できない。

 この難点をカバーする治療として期待されているのが「磁気刺激療法」だ。磁気によって脳の前頭葉に刺激を与える治療法で、世界的には通電療法と並んで実施されている。痛みがほとんどなく、けいれんも起きない。麻酔薬や筋弛緩薬が不要で、外来でも治療を受けられる。日本では現在保険適用外だが、今年6月には適用となる見込みだ。

 薬物療法が効かない場合、診断の見直しが必要なこともある。初期の認知症や女性に多い甲状腺機能低下症はうつ病の症状と間違われやすい。また、うつ状態と躁状態を繰り返す「双極性障害」は、うつ状態から始まることが多く、うつ病との鑑別が難しい。

「双極性障害は若い人に多い病気とされてきましたが、最近は高齢で発症する双極性障害も少なくないことがわかってきています。実際に難治性のうつ病と診断された人が、実は双極性障害だったということは、よくあります」(同)

 双極性障害は、うつ病と同じ気分障害の一つだが、使用する治療薬が異なる。

 薬物療法を続けても効果を感じられず、薬の種類や量が増えていく場合は、セカンドオピニオンを聞くのも一つの方法だ。

(ライター・中寺暁子)※週刊朝日  2019年5月24日号

2019年05月15日